#ZARD #坂井泉水 #逸話
ZARDの坂井泉水は、なぜ「レースクイーン」から90年代を代表する歌姫になれたのか?
本名・蒲池幸子。モデル、キャンペーンガール、レースクイーンなどの活動を経て、1991年にZARDとしてデビューした坂井泉水。
しかし、私たちが知る「ZARD・坂井泉水」というアーティスト像は、最初から完成していたわけではありません。
ビーイングのプロデューサー・長戸大幸のもとで始まったZARDプロジェクト、初期のバンドメンバー、テレビ出演、ライブ活動、そして次第に姿を見せなくなっていった理由。
さらに、織田哲郎ら作曲家との楽曲制作、坂井泉水自身の作詞へのこだわり、「負けないで」「揺れる想い」「マイ フレンド」「Don’t you see!」などのヒット曲が生まれた背景を追っていきます。
「ドラゴンボールGT」「SLAM DUNK(スラムダンク)」「名探偵コナン」など、今なお語り継がれるアニメ作品との関係も含め、ZARDが90年代の音楽シーンで巨大な存在になっていった過程を振り返ります。
テレビにほとんど出演しないミステリアスな美人アーティスト――。
そんなイメージの裏側で、坂井泉水はどんな人だったのか。
坂井泉水の性格や人柄、生い立ち、学生時代、デビュー前、レースクイーン時代、ZARD結成、バンド活動、ビーイングの制作システム、作詞への努力、テレビ出演、ライブ、そして晩年まで、残された資料や関係者の証言をもとにその実像に迫ります。
後半では、坂井泉水の病気と闘病、入院生活、最後のレコーディングとなった「グロリアス マインド」、2007年5月の慶應義塾大学病院での転落事故と死因についても、当時の発表や証言を整理しながら振り返ります。
「坂井泉水はなぜレースクイーンから歌手になれたのか」
「ZARDはなぜバンドから坂井泉水一人の存在になったのか」
「なぜテレビ出演やライブをしなくなったのか」
「作られたアーティストだったのか」
「それでも、なぜ坂井泉水は本物のアーティストになれたのか」
その答えを、デビュー前から40歳で亡くなるまでの軌跡を通して追った長編ドキュメンタリーです。
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13 comments
サムネのタイトルには、少しスッキリしないものを感じながら観はじめましたが、リスペクトが込められた、坂井泉水さんのことがよく伝わる、とても良い内容に感じました
アップありがとうございます
最初は音楽ビジネスにより作り出されたアーティストというイメージを持っていました。ネットにも美化し過ぎだとか書かれていたのを見ていたから。でも調べれば調べるほど、凄い人である事が分かりました。プロ中のプロですね。
20年以上昔、古本屋で写真集9万で売られていたな買っとけば良かった。
ビーイングのやり方は長い目で見ると本当のファンがつかない
ライブを多くやってたB’zとWANDSやZARDとの違いはそこにある
なーんか、いっつも思うけど、色々な有名人等の成功誕生秘話とか、YouTuberによって、全然違う内容なんだよなー?
イメージ戦略以上に「ヴォーカリスト/坂井泉水」さんの事をとても大切にしていた結果だった、という事がわかる内容で、とても素敵な解説でした
ありがとうございます
長戸さんと不倫関係だったって噂あるね。ずっと独身だったしほんとかもね
そういう歌詞の曲あるし
ほんとに美人でアルバムもいっぱい持ってる。今でも大好きです
最後のシングルのグロリアスマインドが最後のレコーディングだと思っていましたが。😢
ファンでも何でも無いですが
ZARD(坂井さん)に関しては美化する必要も見下す必要も無いかと
実績が全てを物語ってますから
オトナの事情等で実績が伴わないジャニタレや秋元タレと一緒くたは失礼かな
ZARD初のライブは東海大学
レースクイーン時代の彼女を鈴鹿サーキットで見たことがある。一般的レースクイーンと違い笑顔が少なかった印象だった。
単に美人だから売れたのかとタカを括っていました😮とんでもなかったです😮
17:39
社長がウイルス持ちらしいね
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