岩崎宏美さん——「聖母たちのララバイ」「万華鏡」で昭和の日本を魅了した歌姫。
紅組歴代3位、14年連続紅白出場。
30歳で結婚し、芸名を「益田宏美」に変えた彼女は、朝6時に起きて夫の靴を磨き、ワイシャツのアイロンが3分を切るまで練習しました。1989年には長男、1992年には次男が誕生。胎教&育児3部作のアルバムも発売し、子育てがそのまま音楽になっていました。
しかし、1993年の夫のドイツ赴任をきっかけに、わずか10日の渡独で結婚生活は終わりを迎えます。1995年に離婚。養育権を得たものの、翌年、前夫の再婚と後妻による養子縁組で、二人の息子に会えなくなってしまいました。
それから17年間、3日に1度、子供たちが暮らすマンションの灯りを見上げ続けた母。
1997年には離れて暮らす息子たちに宛てて「笑顔をみせて」の歌詞を自ら書きました。
2008年、初めてコンサートに招いた息子たち。2013年、母のマンションに通い始めた息子たち。2022年、長男の結婚。2024年、初孫の誕生。2025年、37年ぶりの紅白歌合戦——マネジャーになった長男と助っ人の次男とともに。
そして2026年8月12日、宏美さんは初めてこう綴りました。
「あれがお袋、と言ってもらえる日が来ると良いなぁ——32年間、誰にも言えなかった心の中の願い」
家族のためにここまで犠牲を払った歌姫が、なぜ結婚を守れなかったのか。
なぜ、息子に会うために訴訟を諦めた母が、会えなくなってしまったのか。
そして、32年間心に秘めてきた願いは、なぜ叶ったのか。
ぜひ最後までお聴きください。
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📖 主な参考資料(敬称略)
① 岩崎宏美 公式Instagram @hiromiiwasaki_official(2022年〜2026年の投稿)
② 産経ニュース「話の肖像画」連載(2015年4月23日)
③ テレビ朝日『徹子の部屋』(2020年10月19日/2023年7月17日/2024年9月5日/2026年4月7日 放送)
④『女性セブン』2013年9月5日号(小学館)/NEWSポストセブン
⑤ アサ芸プラス(週刊アサヒ芸能・徳間書店)2023年6月5日 記者・山川敦司
⑥ サンケイスポーツ(産経グループ)岩崎宏美インタビュー
⑦ 日刊スポーツ 2026年4月7日
⑧ スポニチアネックス 2026年8月12日
⑨ 岩崎宏美オフィシャルサイト hiroring.com(ディスコグラフィー「笑顔をみせて」)
⑩ 歌ネット(JASRAC許諾)「笑顔をみせて」歌詞
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#岩崎宏美 #聖母たちのララバイ #紅白歌合戦 #昭和の歌姫 #時代を生きた声
24 comments
肩くらいの長さのヘアスタイル、似合っていて素敵✨
あれ? げんき君、ゆうき君に祝福されて再婚された芸能ニュースみた記憶があります。
結婚されていた時、ご子息のどちらかは忘れてしまいましたがローストビーフが大好きで、太るから?だったかあまり食べさせなかったと。すると寝言で『お母様ぁ、もっとお肉を~』と言っていたと。屈託もなく笑う宏美さんはとてもしあわせそうでした。
日本を離れているので、全然知りませんでした。子供さんたちと、ずいぶん長く離れていたんですね。子供たちを母親から引き離すのは、絶対に良くないです。
ナレ-ションが淡々として事実だけを伝える感じで、とても良かったです。
紅白出場した後急いで家に帰って、旦那さん一家の伝統的な方法で深夜お雑煮のダシ取ったって話思い出したわ
話が長い。
幼い子供達と会えないのはさぞ辛かったんでしょうねぇ
なんか自ら苦労を追い求めてるような人生。何がそうさせたのか。一般人に戻りたかった?
酷い元旦那
人の幸せは人それぞれです。岩崎宏美さんの幸せは夫と暮らすことではなかったのですね。息子さん達と幸せになれて良かったですね!
後妻を母にする元夫😵
ひどい男だね。
宏美さんと会って別れる時に泣いた息子さん達を思うと不憫で涙がでましたが、大人になって自由に行き来できて良かった。
息子さん達のますますの幸せをお祈りします。
再婚なんて、して欲しくなかったね。子供取り上げて、
嫌な後妻。寂しい。😢
でも、良かった子供たちと会えて、
色々ご経験されたんですね、これからも末長くお幸せに過ごしていただきたいですね。
元旦那、再婚速すぎやん。浮気の可能性大ですね
ケンカ 一つない7年の結婚 との事、
日本語では、
ケンカ、 一つない7年の結婚 との事かと思われます。
ちぐはぐするお言葉ですね!
この岩崎宏美さんとは、生粋の日本人なのでしょうか?
聖母→マドンナ
益田家は財閥そのものではなく、〇〇家の大番頭の様な立場です。
益田家経営の元社員より。
元旦那再婚して、後妻が
母となるって、子供達
辛かったですね。
婚約後に丸の内の本社まで、商事勤務の友人に連れられて元夫をみにいったことがある野次馬です笑
当時いがぐり頭であだ名も「いがぐりくん」がっちり体型でこの写真の顔まんま、ちょい神経質そうな印象だった記憶
旦那さんには最初はあったかも知れない愛がもうなかったのでしょう
否、愛が育まれて居なかったのでしょう😢
子供いるのは知らなかったよ。
離婚してたのは知ってた
まさか、こんな話。
息子さんと、会いたかったでしょう。暮らしたかったでしょう、尊大な母、誇りに思ってほしい
しあわせに❤
女性って結婚したら
何故家政婦にもなるんだろうね
なんて
ふと思う
私は彼女と同い年😊デビューから
歌聴いてました😊😊😊
立派に育ててくれたって、後妻に感謝してたと本人が言ってたのをテレビでみたことがありますよ。
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