チェリー — スピッツ、歌詞に一度も登場しない果物タイトルの秘密

1996年4月10日、ポリドール・レコードよりリリースされたスピッツの13枚目のシングル「チェリー」。完成直後、ボーカルの草野マサムネの第一声は意外にも冴えないものでした。「また地味な曲作っちゃったな。こりゃ、売れねぇな」。しかしこの曲は、どんなタイアップもないままリスナーの熱い支持を集め、スピッツにとってバンド結成以来初のオリコンチャート1位という称号をもたらしました。

興味深い裏話がひとつあります。ファンの間では、この曲の仮タイトルが「びわ」だったという話が伝わっています。チェリーとびわはどちらもバラ科の植物で、実る時期も5〜6月とよく似ています。では、なぜ最終的なタイトルは「チェリー」になったのでしょうか。草野はこれについて「僕たちチェリーボーイズということで……」と冗談交じりに答えたこともあれば、別の場では「桜は春に咲く花。そういう意味でも、何かから抜け出して出発するようなイメージがあった」と、より真剣に語ったこともあります。

イントロはスネアロールから流れ込むように始まる軽快なリズムで、瞬時に爽やかな雰囲気をセットします。その後、アコースティックなフォークロックの質感の上に、間奏以降ブラスサウンドが加わりドラマチックに盛り上がっていきますが、ここにボーカルトラックの淡いエコー効果が重なることで、軽快なメロディの中にも不思議な郷愁を漂わせています。スピッツならではの、透明感がありながら力の抜けたハイトーンボーカルが曲全体を貫き、バンドの個性を完成させたと評価されています。

1996年の発売当時、この曲はなんと161.3万枚という驚異的なセールスを記録しました。派手なダンスミュージックや刺激的なコンセプトが溢れていた90年代Jポップ黄金期の真っただ中で、素朴で叙情的なロックサウンドだけでリスナーの心をつかんだのです。この大成功はスピッツを日本の国民的バンドへと押し上げる決定打となり、「チェリー」は今なお春や卒業シーズンになると日本全国で流れ続ける、世代を超えたスタンダードナンバーであり続けています。

そして最も皮肉な事実がひとつ。タイトルは「チェリー」に決まったものの、歌詞のどこを探しても「チェリー」という単語は一度も出てきません。直接的な表現の代わりに比喩的な果物の名前をタイトルに掲げることで、曲が終わったあとも季節感と独特の余韻を長く味わわせる狙いだったのかもしれません。

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5 comments
  1. 90年代はノリノリなロックからダンスミュージックからメロディアスなJ-POPから四方八方から矢のごとく色んな音楽がシーンにリリースされて街中で流れ、本当に活気に満ちていて…。それが日常だったしずっと続くものだと思っていた。

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