1995年、中山美穂さんは母のために、東京・三鷹に3階建ての一軒家を建てました。12歳のとき、涙ながらに誓った約束でした。
けれどその母とは、12年間、口をきかないままでした。
戸籍に父の名前はなく、母子手帳に書かれていたのは母の名前だけでした。14歳で芸能界に入り、家族の生活を担った少女は、「お母さんに家を建ててあげたい」という約束を、13年かけて果たします。家も、会社も、収入も、すべてを母に託しました。しかしその後、家は売却され、母と娘は言葉を交わさなくなります。家族から「お姉ちゃんのせい」と言われ続けても、彼女は言い返しませんでした。それでも口にしていたのは、「忍と弟のことはお姉ちゃんが守る」という言葉でした。2024年12月、彼女は54歳で、突然この世を去りました。葬儀の日、12年前に断絶した母は、棺の隣にいました。

■ チャプター
02:11 第一章 見えない父、消える幸せ
09:12 第二章 継父、弟、そしてスカウト
12:24 第三章 「ママには感謝しています」
16:27 第四章 家を建てて、全てを託して
19:30 第五章 遠い異国で気づいた、静かな絶望
22:10 第六章 沈黙、家を売り、家族を閉じて
29:09 第七章 母が、棺の隣にいた
33:00 第八章 リビングに残る、姉の骨
40:14 余韻 もう一度、逢えるよね

■ 参考資料
・Wikipedia日本語版「中山美穂」
・中山美穂さんの自著(幼少期・引っ越しの記述)
・山中則男さん(元所属事務所)の著書・証言
・中山忍さんのインタビュー・弔辞・公式コメント
・所属事務所ビッグアップルの公式発表(2024年12月8日)
・お別れの会(2025年4月22日・東京国際フォーラム)各社報道
・小泉今日子さん・岩井俊二監督の弔辞(各社報道)
・週刊文春の報道
・スポーツ紙・音楽関係者の取材記事

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#時代を生きた声 #中山美穂 #中山忍 #昭和スター #世界中の誰よりきっと

11 comments
  1. 今から、聞いても遅そ過ぎませんか。美穂さんが亡くなってもう3年だよね。今聴くとやっぱり悲しくなって泣いていますよ。だけどもしのぶさんとは、仲良しで姉妹だったから、義理の弟さんの事で気になるんです。ざ。べすとてんって言う歌番組で初めて弟さんを出演していましたけども本当の弟さんじゃあなかった事になりますよね。美穂さん。安らかに眠ってください。美穂さんの歌は、これからもわたしたちの
    ファンの心中で歌い続けますように。大切にしたいです。

  2. 中山美穂さん
    まさかの急逝でした
    歌手としても女優としても
    インパクトがあり素敵な方でした
    妹の忍さんが一番の美穂さんの大切な家族だったと思います

  3. 若き日の別れ、やっこさんときっと
    会えた事でしょう。優しい人なんで
    すね。🌺14才…屋外で日に焼けた姿
    で歌う美穂さんが、キレイで鮮やか
    によみがえります💧

  4. 芸能人も一般人も、みんな色々な事情を抱えながら生きてるはず。この人は美しかったし地位も名誉も手に入れたけど、人としての道を踏み外してしまった。インスタに堂々と不倫相手との写真を載せたり、事情はあれどお子様の気持ちは?離婚する時に息子さんが父親について行く。と言った言葉が全てだと思う。小泉今日子もしかり、なんだろう?若い女優さんは不倫騒動で再起も難しいほど叩きのめされるのに、年老いたり亡くなったりしたらそれらは無かった事になり、美談のように語られる事に違和感を感じます。

  5. 14歳から家族を支え、責められても言い返さず、妹と弟は自分が守ると言い続けた。彼女は長女というより、幼いまま家族の大人にされた人だったのだと思います。誰かを守る役目ばかり与えられた彼女自身を、いったい誰が守ってくれたのでしょうか。

  6. お母さんは自分の行動が原因なのだから泣き崩れても遅いです、中山忍さんはもっとずっとおばあさんになるまで姉妹で仲良く生きたかったことでしょう。本当に中山美穂さん、心の中も素敵な女性だったようですね。

  7. ●中山美穂の母親が、再婚相手と営業していた 秋田県のレストランが経営不振に→中山美穂 個人事務所の お金を 母親が使い込んだんでしょ?? 最低。。 中山美穂から絶縁されても 仕方無いよね。

  8. 美穂さん、輝いていました。幸せでしたか?
    この動画でひどく感動して泣けました!
    天国で幸せに暮らしていらっしゃることと思います。
    私の母も3歳に時、母親を無くし、兄夫婦の元で苦労して育ってきました。母は私達姉妹を産んだ後も、自分の不幸を昇華できなかったようです。私は、母を喜ばせてあげれるように成功しませんでした。
    しかし、母の心の傷は私の心の傷となり、いまだに苦しんでいます。
    このまま母を憎んで死ぬのでしょうか?
    でも、泣けたので、少し心が軽くなりました。

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