1986年4月8日午後12時15分。東京・四谷のサンミュージック本社の屋上から、18歳と8か月のアイドルが自ら命を絶ちました。鉛筆書きの便箋には、たった一人の男の名前が記されていました。24歳年上の俳優、峰岸徹さん。

その死の前夜、4月7日夜。岡田有希子さんは、ドラマ『禁じられたマリコ』で共演した女優に電話をかけました。夜11時前、いつもと変わらない様子だったといいます。しかし、夜11時半、その女優からの折り返しの電話には出ませんでした。それからすぐ、岡田さんからコールバックがあり、「近くのスタイリストのところに遊びに行ってきた」と話したといいます。しかし、その声は暗く、後にその「遊びに行った」事実はなかったことが判明したと伝えられています。

彼女を動揺させる何かがあったとすれば、そのおよそ30分間の出来事だといわれています。今もなお、語られない30分です。

愛知県一宮市で生まれ、画家になりたかった少女。
15歳でハンガーストライキを起こし、東京へ。
1984年、1年に1日しか休めなかった日々。
1985年、初主演ドラマ『禁じられたマリコ』で出会った24歳年上の俳優。
1986年4月5日、亡くなる3日前の社長室でのつぶやき。
そして73時間後、すべてが終わった日。

母が1988年に明かした遺書の真実。
峰岸徹さんが22年間守り続けた沈黙。
27年間、相澤秀禎社長が手帳に貼り続けた一枚の写真。
40年経った今も、毎年4月8日12時15分に、四谷と愛知で同時に行われる黙とう。

岡田有希子さんが遺した、語られなかった物語。
昭和を生きた声を、いま、もう一度。
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▼ 目次
01:20 第1章 — 画家になりたかった少女
05:50 第2章 — 一年に、一日だけの休日
11:27 第3章 — 届かなかったサイン
14:40 第4章 — 73時間
23:25 第5章 — 報道と、母の手記
32:43 第6章 — 27年、消えない後悔
36:50 第7章 — 40年、消えない名前
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▼ 主な参考資料

・ウィキペディア日本語版「岡田有希子」項目
・佐藤孝子『愛をください — 岡田有希子・愛と死の十字架』ロクサイ社、1988年
・相澤秀禎『なぜ私はあきらめないのか』自伝
・週刊文春アーカイブ(1986年4月17日号)
・アサヒ芸能アーカイブ(峰岸徹インタビュー記事)
・ゲンロンセミナー 2018年4月26日(中森明夫、東浩紀、弓指寛治)
・TBS『金スマ』2016年放送「岡田有希子の真実」特集
・朝日新聞「声」欄アーカイブ(1986年4月)
・Bookstand掲載エッセイ「1986年4月の73時間」
・デイリー新潮 2019年4月インタビュー(相澤正久・現サンミュージック社長)
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▼ 出演者に関する補足

・岡田有希子さん(1967-1986)。本名・佐藤佳代。アイドル歌手。
・峰岸徹さん(1943-2008)。俳優。
・相澤秀禎さん(1930-2013)。サンミュージックプロダクション 創業者。
・福田時雄さん。サンミュージックプロダクション 専務。
・佐藤孝子さん。岡田有希子さんの母。
・佐藤忠晴さん。岡田有希子さんの父。

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#時代を生きた声 #岡田有希子 #峰岸徹 #昭和アイドル #1986年

19 comments
  1. 真田太平記にも岡田有希子さんが丹波哲郎真田昌幸の娘お菊役でご出演されてましたけれど、かわいい方だなという印象でしたね。もうあれから40年ですね、昭和の終わり、バブル崩壊、55年体制崩壊、阪神大震災とオウム事件、長い日本経済の低迷と311、長い安倍政権と安倍さんの死、そして高市政権という特筆すべき政権という流れ、40年という年月は長いように見えて感覚としては短いような感じですね。 岡田さんの世代の芸能人さんたちもいまや懐メロ的存在になりかけていますし、YouTubeで当時の昭和時代の映像を見ると世の中の変わりようにしみいるところありですね、僕としては。

  2. 18歳の少女の時間は止まったままなのに、愛し続ける人たちの時間だけが40年流れていった。その重さに言葉が出ません。

  3. 岡田さんの自殺のゲインは、神田正輝だ。
    結婚までいたのに、石原裕次郎さんに、松田聖子と結婚をしろと言われた。

  4. 岡田有希子の自殺についてはあまり語られていないことを知っている。岡田有希子は自殺する前に自殺未遂をしたらしい。そのときはガスによる自殺未遂。その後にビルからの飛び降り自殺。自殺の手段が違うということは、自殺の動機が違うことを表している。
    ガスによる自殺は失敗の可能性が高い。つまり最初の自殺未遂は、失恋か人間関係の悩みか、いずれにせよ本人は生きたいと思いつつ実行した。ビルからの飛び降り自殺は必ず成功する。実行すれば必ず死ぬ。原因は失恋などではない。自殺未遂を起こしたことによるアイドルとしての将来性を失ったこと。それを事務所に厳しく問われて、その責任を取って実行したのだ。岡田有希子の自殺の責任は当時所属していた芸能事務所にある。当時の芸能記者はうすうす知ってい履いたが、芸能事務所の責任追及することが憚られたために、知らぬふりをして最初の自殺未遂の原因を自殺の原因としたのだ。

  5. 峯岸に振られて◯んだというより、仕事のストレスじゃないかな?休み無かったみたいだし

  6. 今、生きていたたら、沢山の歌を歌っていたかもしれないけども、恋をすると相手のことや家族のことを壊しても死ぬ事を選んだからこそ自分のいのちをもう一度。考えたら良かったのに。純粋な恋をして歌を選ぶ事も捨ててまでも死を選んだ岡田由希子が悪いです。うつ病だったら、何故ならば入院をさけなかったのか?。😢😢😢。悔しいネ。

  7. 本当に悲しいのは、18歳で旅立ったことではなく、彼女が抱えていた苦しみに誰も気づけなかったことかもしれません。今はただ、安らかであってほしいです。

  8. お母さんは峰岸さんを訪ねていません。峰岸さんが断っていたマスコミのインタビューに答えただけです。

  9. 未遂で終わった直後、自分がしたことに大きな動揺を感じたまま、発作的に飛び降りてしまったらしいですね。

  10. 今でも、ユッコが遺した音源は大切にしていて、よく聴きます…亡くなる直前は、残された映像を見ると、音程が不安定で、やっぱりヘンなのよね…🥺
    元の、ただ歌が大好きだったユッコの歌声じゃないの…🥺
    それを聴くと、『やっぱり、辛かったんだよね』って思う…
    ただ、真実は本人にしかわからないんだから、何を言っても『憶測』にしかならないんだよって、彼女のファンにも、そうじゃない、『自殺しちゃった芸能人』というふうに見る人にも、そう言いたいです、あたしは…

  11. シャチ子って…
    峰岸徹も、たち、じゃなくてとおる。岡田有希子は鬱病だったのではないか、と思う。普通、ビルの8階から飛び降りる、なんて下見ただけで怖すぎて出来ないからね。
    だけど鬱病の人はよくビルやマンションの屋上から飛び降りて死ぬよ。友達でも鬱病いたけど、急に別人みたいに変わり、どっかへ消えたりするし、鬱は死にたがるからね。
    だからあの人があまりに華やかな場所にいて、毎日スポットライト浴びて、普段も会話などにおいても何らの変化も見られず、となると、鬱しかないよ。

  12. 堕ちた姿、全部写し報道したよな 
    本当に鬼畜だよ
    峰岸じゃないだろ
    ブリッコのせいで皆死んで、何なんだよ

  13. 峰岸徹さんが22年間守り続けた沈黙に、言葉より深い愛情を感じました。本当に大切なものは語らないのかもしれません。

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