劇場公開:2027年2⽉19⽇公開
公式サイト:https://gacha-kansekai.com
(C)2026 映画「ガチャ-廻世界-」製作委員会

#ガチャ廻世界 #与田祐希

14 comments
  1. 転生したら与田ちゃん→愛ちゃん→姫奈ちゃんになった件。
    最後の姫奈ちゃん、トー横キッズみたいだったからヤバそう…。

  2. 転生って前の記憶は残った状態なの?
    昔あった輪廻みたいなホラー映画かなー?結構あれ好きだったんよね

  3. どの階層にいる人々であっても「自分は苦労していて報われていない」「社会は腐っている」と感じてしまうが、これには明確な理由がある。この理由というのは経済的な豊かさや社会的地位に関わらない。
    その理由とは、共通した構造のこと。

    構造1:階層ごとの「苦労」の質と無限の比較

    底辺層や中間層は、生存そのものや生活の安定、物価高や将来への経済的不安といった「物理的な欠乏」が直接的な苦労となる。しかし上層や最上位層は、どれだけ富や権力を得ても常に「さらなる競争に勝たなければ落ちる」というプレッシャーや、周囲からの終わりのない期待、社会的責任という「精神的な重圧」が苦労となる。そしてどちらも、一生の大半をそれに費やさなければならないほどの、肉体的な労力を必要としてくる。
    人間は常に「自分より上の存在」や「理想の状況」と比較して生きる生物(相対的剥奪感に突き動かされる生物)であるため、どの位置に到達しても「満たされない感覚」が消えることはない。

    構造2:「世の中が腐っている」という、世界への認識の問題

    構造1に対して、人間はもうひとつの構造を抱いている。
    それはどの階層の目にも「世の中は腐っていると映る」構造を指す。
    下位や中位層から見れば、富が一部に偏り、努力が報われない不公平な世界に映るが、上位層から見れば、この世界は自分たちの努力や成果が正当に評価せず、足を引っ張られたり、際限のない要求を突きつけてきたりする理不尽なモノに映る。それら世界への認識全てが「誰も本当の意味で守ってくれず、常に誰かと競わせられている」という「世界全体に対する漠然とした不信感」を全人類に植え付けているため、当然、どの立場であっても社会に対する不信感が生まれる。

    つまりガチャを回そうと回すまいと、そこには「別種かつ、ほぼ同程度」の不満や不安が一生ついて回り、それらから来る不快感や恐怖からは絶対に逃れる事ができないということ。
    ただし自分は、例えガチャなんていうモノがあっても回さないことを薦める。

    何故ならガチャを回したところで、せいぜい人生における苦労や苦痛の種類が変わるだけであり、相対的なそれらからは決して逃れる事が出来ないからである。
    例え貴方がイーロンマスクの息子に生まれ、一生を費やしても使い切れないような財を手にしたとしても、そこには「頭がおかしくなって性転換でもしないとやってられないような、一生涯に渡って果てしなく続く苦痛や苦労」が待っているだけなのである。

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