新型コロナを乗せた豪華客船が入港…小栗旬x松坂桃李x池松壮亮x窪塚洋介!未知のウイルス”新型コロナ”に最前線で挑んだ事実に基づく物語を映画化『フロントライン』シズルリール



2019年12月に中国の湖北省武漢市で初めて発生が確認され、2020年に入ってから世界的流行(パンデミック)を引き起こした新型コロナウイルス。過去に未知のウイルスの脅威や感染拡大を描いたパニック映画やサスペンス映画は国内外にいくつか存在したが、本作は世界規模で人類が経験した新型コロナウイルスを事実に基づく物語としてオリジナル脚本で映画化した日本で初めての作品である。このたび2025年6月に劇場公開が決定し、監督、メインキャストが解禁となった。

 物語の舞台は、2020年2月3日に横浜港に入港し、その後日本で初となる新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」。乗客乗員は世界56ヵ国の3,711名。横浜入港後の健康診断と有症状者の検体採取により10人の感染者が確認されたことで、日本が初めて治療法不明の未知のウイルスに直面することとなった。この状況下で最前線に駆けつけたのは、家族を残し、安全な日常を捨てて「命」を救うことを最優先にした医師や看護師たちだった―。

 当時、日本に大規模なウイルス対応を専門とする機関は存在せず、急きょ対応することになったのは災害医療を専門とする医療ボランティア的組織のDMAT(ディーマット)だった。DMATとは、災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team)を略した、医師、看護師、医療事務職で構成され、大規模災害や事故などの現場におおむね48時間以内から活動できる専門的な訓練を受けた医療チーム。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない医師や看護師たちだった。

 『劇場版 コード・ブルー』、Netflixドラマ「THE DAYS」のプロデューサーが「知られざる愛と勇気の物語を1人でも多くの人にお届けしたい」との想いから企画。本作の企画、脚本、プロデュースを務めたのは、ドラマ「白い巨塔」(2003-2004)、「救命病棟24時」(2005)、「Dr.コトー診療所2006」(2006)、「コード・ブル -ドクターヘリ緊急救命-」(2008/2010/2017)、映画『劇場版 コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(2018)で、医療現場の最前線にある人間ドラマをエンターテイメントに昇華させてきた増本淳プロデューサー。2023年には東日本大震災による福島第一原発事故を政府、電力会社、原発所内のそれぞれの視点から描いて話題になったNetflixドラマ「THE DAYS」で企画、脚本、プロデュースを務めた。本作に挑むにあたり自身による300ページを超える取材メモから今まで知られることのなかった船内の複数のエピソードを丁寧に脚本にまとめ上げた。企画のきっかけは「クルーズ船に乗船した医師との会話」だったと振り返り、さらに「その医師が語ってくれた船内の実態は、世の中に知られていないことばかりで、驚くべきことや涙なくしては聞くことのできないエピソードの連続でした」と語った。情報解禁にあたり「この知られざる愛と勇気の物語を一人でも多くの人に共有してもらいたい」と本作を手掛けた想いをコメント。

監督は広告業界でキャリアをスタートさせ、Cannes Lions(カンヌ国際広告祭)でグランプリを受賞、映画『生きてるだけで、愛。』(2018)で劇場長編映画デビューし、二作目となる『かくしごと』(2024)が第49回報知映画賞で最多ノミネートされた関根光才監督。本作に参加した理由を「稀有で、挑戦的で、私たち皆が共有すべき作品になる。この作品に参加できるなら、それはフィルムメーカーとしての重要な責務だとも感じた」と自身の強い思いと覚悟を語った。

21 comments
  1. 新プロジェクトXの話を映画化したわけね。まず皆んなには新プロジェクトXでやってた内容を見てからこの映画を見るべきかな。当時の最前線で戦ったDMATの方々が壮絶な話をしてくれてるから、それを聞いてからの方が良いかな。

  2. 自分も医療従事者ですが、初期は本当に怖かったです。有効な治療は未確立、ワクチンもまだできていない。軽症で入院してきた人も翌日には呼吸不全で酸素投与が始まり、中等症だった人たちは次々に重症化。Full PPEで対応しているとはいえ、自分も罹らないとは言い切れない。
    もうこりごりです。あんな思いはしたくない。

  3. 20世紀少年に出てくるようなウイルスだったらまだしも、本当メディアと人って恐ろしいなとつくづく感じたコロナ禍だった。
    冷静になって、飲食時や帰宅時には手洗いうがいを欠かさずした結果、一度もコロナに感染せずにコロナ禍が終息したから、僕は自分で自分を褒めたい。

  4. 日本で流行らなかったSARSなんかでも教科書に載ってるし、
    このパンデミックはそりゃ教科書に載るでしょうね。
    多くの人が失業し、世界のあり方すら変わった事件ですからね。

  5. 新型コロナウイルスの流行は、私たちが生きる社会の矛盾を白日の下にさらした。政府、メディア、そしてそれを取り巻く国民の姿勢は、まるで劇場型の喜劇のようだった。しかし、この「喜劇」の舞台裏には、多くの命が無為な犠牲として消えていく悲劇が隠れている。

    まず政府の対応について考えてみたい。パンデミック初期、日本政府は感染拡大を防ぐための決定的な行動を取るのに極めて遅かった。「検討します」「慎重に対応します」という言葉が飛び交う中で、実際の政策は場当たり的であった。緊急事態宣言の発令と解除、Go Toキャンペーンの推進と中止、PCR検査の拡充と抑制──その全てが一貫性を欠いていた。感染症専門家の声は後景に追いやられ、代わりに目立ったのは、選挙対策としてのパフォーマンスや、利害調整に終始する官僚たちの姿だった。

    メディアもまた、期待を裏切った。感染者数や死亡者数を毎日報じるだけで、その背後にある人間のドラマを描こうとする姿勢はほとんど見られなかった。専門家の意見を深く掘り下げるどころか、センセーショナルな見出しで視聴者の不安を煽ることに終始した。SNSでの誤情報拡散も放置され、正確な情報提供の役割を果たすことはなかった。

    これに対して、国民の反応はどうだったのか。「同調圧力」という言葉が示すように、多くの人々が他者を監視し、攻撃することにエネルギーを注いだ。マスクをしない人を非難する、県外ナンバーの車を排斥する、あるいは医療従事者への偏見や差別。これらはすべて、社会の成熟度が問われる現象だった。

    一方で、政府が「自己責任」を押し付ける中で、医療従事者や一部の現場労働者たちは、限界を超える努力を続けた。だが、その声が政策や社会に反映されることはほとんどなかった。

    コロナ禍が終息しつつある今、私たちは問い直さなければならない。なぜこのような情けない状況に陥ったのか。リーダーシップの欠如、報道の劣化、個々の想像力の貧困。それらは単独の問題ではなく、全体としての日本社会が抱える構造的な欠陥だ。

    これからの社会をどう作り直すのか。その答えはまだ見えない。しかし、ひとつ確かなのは、また同じ危機が訪れたとき、私たちがこの経験から何も学んでいなければ、次こそは「悲劇」だけが残るということだ。

  6. 私たちが絶対に忘れてはならない出来事だと思っています。次の世代に繋げるためにも。
    まだ新型コロナが得体の知れないウイルスだった時に、最前線で戦った方々の勇姿を映画館で見届けたいと思います。

  7. 映画化もいいけど、ウィルス撒いた中国のドキュメンタリー映画も見たい、作為的に巻いたのか気になるし。

  8. マスゴミの報道姿勢、Cが作ったコロナということまで映画に盛り込んでほしい。
    無理か。

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