■鷲見玲奈さんからのメッセージVTRはこちら
はじめまして。このたびSBI FXトレードとSBI VCトレードのイメージキャラクターを務めさせていただくことになりました鷲見玲奈です。
2020年はテレビ局のアナウンサーからフリーへと転身し、私にとっても大きな一歩を踏み出した年となりました。
その前向きな気持ちと挑戦心を活かして、FXと暗号資産の様々な魅力を発信していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
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2 comments
本物本当の大日本国史・日本仏教歴史のマスター千田寛仁
性善説を捨てよ。「古事記」と「日本書記」は出鱈目なものである。
渡来人百済韓国人藤原=大和朝廷=非国家
さて皆さんは、日本と言ったり大和というこの島国の本性をご存知ですか。
我らの国は大倭日高見国(おおやまとひだかみのくに)と申す。我が国では国民が等しく財を与えられる事が原則である。また、中央王高倉を中心に五王の制度を敷き、失政あれば王といえども即退位させられる。ここが、支配と差別と搾取が基本の大和朝廷明治政府(現日本国政府)と全く考えの異なるところです。現在の政が、余りにも酷い出鱈目な事を憂い、私は千田を代してこの国の本性、本来持っている願い、祈り、歴史についてお話致します。全ては我ら日本の生命の為に。
はじめに答えを早々と言います。殖えて我侭だから処分するのではなく、増やして親子親戚社会和して強靭な国家とする事が第一であり基本は軍備以上に「農業」なんだという事です。
我らの総本山は早池峰山(はやちねさん)と申す。瀬織津姫(せおりつひめ)という先祖が、我らの中心の神で、その神の起源は13000年前に遡ります。読んで字の如く、瀬織津姫は、日本列島の瀬即ち太平洋側に降り集いし人々の集団の長をあらわします。我が大倭日高見国の神社の祝詞には、祓戸四神の筆頭として登場します。早池峰の池峰とはおっぱいの事であり、早とは速とも書きます。覇という意味で、代表者をあらわす古代の言語です。古代は太陽を「チダ」東の「アガ」東の主「アベ」海を「ワタ」わたし「ワ」陸地所領を「シマ」神を「イヌ」「イム」養子入りを「イリ」王を「ラ」「ハヤ」「ネコ」「ヒコ」女王を「サラ」皇子を「ミミ」「オビト」先頭・先駆者を「シリ」男性の大切なあれを「フグリ」そのものを「ホ」女性のを「ホト」最愛の人を「カエラ」など。面白い事に気がつきます。
我が大倭日高見国は、太古より女系国家で祭祀を女性が司り、政治を男性が司るのが習わしです。
瀬織津姫は戦前までは天照大神の本称とされ、大祓詞を読んで解るとおり、瀬織津姫は高天原(たかまのはら)の主宰者です。高天原というのは古代の国会と言う意味です。高天原は、早池峰山から紫波と更木に別れ、商業都として紫波、首都として更木が国家を運営してきました。千田家すなわち皇命は早池峰の麓北上山地の高峰水乞山に上がり農業を監督、大倭日高見国は豊かでありました。
我らは、産土(ウブス,エビス,恵比寿,えびす,夷,戎,恵比須,蛭子,胡)と呼ばれ、勇者、覇者という意味です。岩手より世界の方々を治めに行きました。これは、技術を教えに行ったという事です。京都平安京すなわち賀茂の母体のひとつ、島根県出雲国に文明を授けた少彦名という神は我ら産土、岩手の人の事です。出雲の賀茂が葛城山へ来て京都を開いたのです。ゆえに平安京で最も古い神社を下賀茂神社といいます。
約3000年前には、現在の岐阜県飛騨高山に行った人々は、石川県をはじめとする邪馬台勢力と合体します。飛騨の位山一位の木で作った笏(しゃく)を飛騨の本家山本から賜って政治するは我が国の習わしです。天照大神の呼称は飛騨山本家のはじめた事です。また、徳島の本家阿波忌部三木家は天幕を張る機を織ります。徳島剣山麓の地域は我が国におけるカドの本拠地です。岩手皇命千田家を総本家はじめとして、奈良和邇丸子家・三島家・葛城家、山形丸子矢口家、石川蘇我(菅)家、岐阜飛騨山本家、出雲沖津家、徳島三木家、大分宇佐宗像家、熊本大伴大王家、茨城鹿島家、千葉香取家、に各々本家があります。鹿児島薩摩阿多島津家、愛知熱田大宮司広瀬家は比較的新しい家ですが我が国においては古い部類に入ります。琉球王家尚は千田家の分家でありその名の通り太平洋の杜で祭祀を行っています。杜,森,守,盛,「もり」と名のつく所は怏々、太平洋の祭祀を行う杜です。我が国は明治維新より、存在意義を失いましたが、元を辿って本家分家血縁者を繋いでゆけば、日本の故地が何処で、成り立ちはどうで、という事が手に取るように解りはじめるのです。
云えば大倭綜王、皇命として太陽神千田がおり、千田の男神が多賀よりイザナギ天下り、石川邪馬台国と岐阜飛騨高山の連合国家のイザナミと結婚して奈良へ進展、天照大神その最後としての布留ニギハヤヒが登美国を継承。妻の父綿津見(別称大山祇)瀬戸内海三島へ。神話の流れからすると九州をも所領した模様。その阿多の娘を嫁にもらい婿に行ったニギハヤヒの弟布斗ニニギの孫佐怒彦が井光いわゆる吉野首長尾家の後援をいただいて、無事に大和入り。隼人阿多島津の本姓が秦である事で綿津見が秦である事が解り、綿津見の本社が筑前である事から九州が隼人や阿曇(あづみ)の王国であった事がわかる。また綿津見の別名が豊玉彦の為、明らかに九州の北部筑前福岡の王である事が伺える。更に、娘の名が豊玉姫、妹の名を玉依姫との事から、ニニギが姉をもらい、ニギハヤヒが妹を貰った経緯が伺える。いかに綿津見という王の権威が大きかったかという事や、その息子が三輪の登美明国といって幕末までの歴代天皇に崇拝されてきた事を。三輪の地が、東日本と西日本の中心拠点である理由、古代より日本中はもとより世界が繋がっているという当たり前の眼目が開かれる。
したがって、『古事記』では神阿多都比売(カムアタツヒメ)、『日本書紀』では鹿葦津姫または葦津姫(カヤツヒメ)』『コノハナサクヤ姫というのがいてオオヤマツミ(大山積神、大山津見神、大山祇神)の娘で、姉にイワナガヒメ(石長比売、磐長姫)がいて。ニニギ(瓊瓊杵尊、邇邇芸命)の妻として、ホデリ(海幸彦)・ホスセリ・ホオリ(山幸彦)を生んだ。』などというのが、まったくの創作である事が判明している。
ニニギの妻豊玉姫の妹が、ニギハヤヒの妻である。コノハナサクヤ姫という空想創作は、日高見国を無き者にせんとする大和朝廷の悪足掻きに過ぎない。この1360年間に及ぶ大和朝廷日本の嘘を、私が暴いたのは当然といえば当然の事。私は嘘が嫌いです。
そして、教えよう。なぜ富士山か。それは、九州から来た百済の一行が、日本での支配権を得る為。早池峰山では日高見国の威厳を讃える事になり、新興国を京都に設立するには気まずいから、当時ど田舎の関東の山を、日本の神山として置き換えて歴史をはぐらかせた。富士山の存在は景行の御代にもヤマトタケルによって確認されている。
ようするに富士山とは『藤山』なのであり、本家日高見国から干渉を受けたくない新参者の百済藤原が、『古事記』『日本書紀』創作時に捏造したものである。
筑前福岡の志賀島(しかのしま)が滋賀の語源であり、天智は滋賀の大津から筑紫に一時遷都して、白村江戦に赴いた。
滋賀の日吉(日枝というは勧請して後の社)の大山咋神(おおやまくい)の神が江戸城の鎮守である事は有名です。大山咋はスサノオの子である大年の子であり、山の所有者という意味です。秦家によって守られ、氏族の祖大酒王をあわせて祭っています。
比叡山御開山伝教大師最澄は、大比叡にニギハヤヒ大物主を三輪山から勧請し、もとの大山咋を小比叡に移しました。この事からしても、いにしえびとが誰を我が国の王であると考えているかが明確です。
江戸時代まで農家においては大国主、事代主、大年の神、いわゆる出雲神が信仰されてきました。これも垂仁時代の出雲の国取りの後遺症です。
秦にゆかりのある歴代の秦氏、そして太田道灌や松平徳川家は、出雲の神日吉大山咋神を祭り、仏教宗教者はことごとくニギハヤヒを祭っている。これは、日本の皇祖が、ニギハヤヒ大王である事を意味し、いにしえびとは私と同様に、その意味が解っていたのです。
出雲というのが、天照の太陽の教えとは真逆の呪術であるところを、仏教者は危険に思い、密教という形で神道を秘めたのです。したがって現在の神社神道家は当然神ごとを知らない訳です。私のように『日本仏教』の極意を究めるという事は、神ごと即ち歴史のマスターになるという事です。
毎日抱きたい